かばっぺの気ままなひとりごと

自由、気ままに、日々のことを書き連ねます!
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地震10日目

こんにちは、かばっぺです。

TVや新聞で報道されている様子をみていて、
東北地方の方々の今現在の様子がとても心配です。
少しでも早く 食料・ガソリン・灯油が届きますよう願っています。
寒さの中 忍耐強く避難されている方々に 暖かい手が一刻も早く届きますように。



地震が発生した当日 鹿行地域のかばっぺは外出していました。
ファミレスでオーダーを済ませ、テーブルで一息ついてるときに、
突然横揺れの地震が始まりました。
横揺れが長く続きましたが、それが本震だと思って、少しは落ち着いてたのです。
が、そのうち、大きな揺れに変わっていき、慌ててテーブルの下に隠れました。

揺れは長く続きました。
地震がおさまった後も、船酔いのような感覚に陥り、体がずっとゆれている感じでした。
(阪神淡路大震災の時は、地鳴りから始まり、立て揺れの地震だったので、
 今回は 違うタイプの地震なのですね。
 当時、かばっぺは大阪南部で地震にあいました。)

料理がテーブルに届いてなかったことを店員さんに報告し、
お勘定はしなくてよいことを確認したうえで、店の外に出ました。
(店内は停電していました。大勢いたお客さんは地震の最中に店の外に逃げ居ていました。
 お会計を済ませてないお客さんのちらほらいた模様・・・)

店の駐車場でさえ あちこち隆起していて、店の外装(ブロック塀)も少し崩れてました。

かばっぺは、自転車で出掛けていたため、慌てて自転車に乗り、自宅に戻っていったのですが、
大通りにある信号機で、1箇所 信号の電気が切れていました。

遠くにある 住友金属の工場は大きな煙を上げているのが見えたり、
鹿島工場地帯にある火力発電の煙突からは 濛々と炎が上がっているし、
異様な景色が見えました。

かば男クンとも最初は連絡がとれず、安否が気になって、かなりパニックになりました。
なんとかメールで「無事だ」と確認できました。
携帯の通話よりメールの方が つながりやすかったです。

子かば達をそれぞれ学校まで迎えに行き、当日夜遅くまでは 小学校の体育館に避難してました。

夜は 自宅で眠り、翌日も 小学校の体育館に避難。
(かばっぺは 途中 体調悪化で自宅で休養でしたが・・・)

3日目からは昼間も自宅で過ごしてました。

14日の初めての計画停電、夕方5時半から6時半のあいだ、我が家は停電してました。
一部の地域って聞いていたので、まさか・・・とは思っていたけれど・・・


地震から10日たった今でも、かばっぺの住んでいる市では全域で断水しています。
ただ、よかったことは、この地域は地下水が出るようで、
お家によって、地下水を使って生活できるようです。
中には、無償で 水を汲ませて下さるお宅もあり、地域の人たちは 使わせてもらってます。
近所の郵便局も、地下水を無償提供していました。

スーパーも通常開店しているお店が多く、節電のために夕方6時閉店となったりしてます。
商品も搬入されており、パン・牛乳・納豆なども売られてます(数に限りがありますが・・・)

ガソリン給油のために 長い行列ができていますが、
近くの鹿島石油が稼動し始めたので、徐々に足りてくるのではないかなって期待しています。

かば太の小学校は 休校が続いてましたが、このまま春休みに入ってしまうそうです。
かば子の中学校も 明日まで休校。23日に修了式だそうです。
ただ、我が家の子かば達、先週 兵庫県の祖父母宅に預けました。
(東京駅まで見送りに行き、子供だけで新幹線に乗って移動でした。)


余震も心配ですが、福島原発の放射線も心配ですね。
東京消防庁の方々・自衛隊の方々が被曝の危険のなか、
一生懸命 放水作業をしてくださり、その勇敢さに感謝しています。
一刻も早く 放射能の流出を止めてください。安全な状態になりますように。



被害が少ないこの地域ではありますが、みんな 一生懸命日々を暮らしています。
かばっぺも 頑張ります。

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